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村山康文
フォトジャーナリスト
1968年兵庫県生まれ。主にベトナムの社会問題をカメラとペンで追いかけ、弱者を守る立場からエイズ・戦争・人権・差別などをテーマに各地で写真展や講演会を開いている。
京都在住。

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ベトナム戦争が残したもの
ベトナム戦争が残したもの
ドキュメンタリー映画『花はどこへいった Agent Orange:a personal requiem』

村山 康文(OhmyNews 2008-06-19 07:00)

f0164224_22342278.jpg  「1968年にわたしは京都大学に入学しました。当時盛んだったベトナム戦争反戦運動は、正直、何が目的で、どこへ向かうのか見えませんでした」

 枯れ葉剤をテーマにしたドキュメンタリー映画「花はどこへいった」の監督・坂田雅子さん(59)は話した。

                            監督の坂田雅子さん=6月17日

 最愛なる夫、フォトジャーナリストのグレッグ・デイビス氏(享年54)を2003年春に肝臓がんで亡くした。彼の死は、ベトナム戦争時に浴びた枯れ葉剤が原因ではないか、と友人に示唆され、事実を確かめたい一身で、翌2004年、彼女は映画撮影に踏み切った。

 18歳でベトナム戦争に送られ、南部のロンタン米軍基地に所属していたグレッグ氏。戦争時、基地の周りはゲリラが潜入できないように枯れ葉剤がまかれ、草木がすべて枯らされていたという。

 70年、加害者であると同時に被害者でもある彼は、祖国アメリカを捨て、日本でフォトジャーナリストとして活動を開始。そこで22歳の彼女と出会う。

 「当時、ベトナム戦争に参戦したことや枯れ葉剤を浴びたことは、彼は多くを語ろうとしませんでした」

 ベトナム政府機関の「ベトナムにおける化学戦争の被害調査国内委員会」代表だったレ・カオ・ダイ医師の著書『ベトナム戦争におけるエージェントオレンジ 歴史と影響』によると、米軍は61年から10年間で、ベトナムに約7200万リットルの枯れ葉剤を散布。その中には催奇性や発がん性を持つ猛毒のダイオキシンが少なくとも170キロ含まれていたという。

 現在、2世、3世への影響が指摘され、ベトナムでは100万人以上が後遺症に苦しんでいるといわれている。

 「とても優しくていい人でした。この映画は、グレッグの遺志を継いだようなものです」

f0164224_22373259.jpg 夫グレッグ氏に対する深い愛情と、ベトナムの枯れ葉剤被害者に対する彼女の熱情が交差する映画。作中で語るグレッグ氏の言葉には、ジャーナリズムに対し、疑問を抱きながら真実を見てほしいという強い願いも込められている。



                            子どもたちの標本=2006年2月

■関連リンク
花はどこへいった
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by yasumu43jp | 2009-04-23 22:40 | 過去記事
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