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村山康文
フォトジャーナリスト
1968年兵庫県生まれ。主にベトナムの社会問題をカメラとペンで追いかけ、弱者を守る立場からエイズ・戦争・人権・差別などをテーマに各地で写真展や講演会を開いている。
京都在住。

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枯れ葉剤被害少女の希望
枯れ葉剤被害少女の希望
無邪気な笑顔が見る風景

豊原 富栄(OhmyNews 2006-09-30 01:44)

 9月15日、ユンさんは関西国際空港での記者会見を終えて、準備されていたバスで京大医学部付属病院へと向かった。

 初めて見る日本の高速道路や街の景色について、隣に座った父親となにやら興奮気味に話している。「日本はどうですか?」と通訳のファン・リンさんを介して聞いてもらうと「きれいです」と答えてくれたものの、夢中になっていて“それどころじゃない”というような雰囲気だった。一番前に陣取り、過ぎていく風景を身を乗り出すようにして見る姿は年齢よりも幼く感じられる。

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カメラに向かって微笑むユンさん (撮影者:豊原富栄)

 途中、食事のために和風ファミリーレストランに入った。もともと硬いものは食べにくいので、チャーハンや焼きそば、スープ、ヨーグルトなどのあまり噛まなくてもいいものを食べていると聞いていた。しかし、メニューから彼女が選んだのは「ミックスプレート」だった。目玉焼きやハンバーグ、焼肉が盛られている。大丈夫かなという私の心配は杞憂に終わった。少しずつではあるがスプーンを使って食べ、添え付けのジャガイモは好きではないようだったが、ほとんど平らげた。日本食には抵抗がなさそうだし、意外に肉料理が好きということで、支援者たちの間には日本での生活の心配事が1つ消えたという安堵感が広がった。

 病院に到着する。初めての日本の病院に戸惑っているのか、ソファーに座って緊張の表情を見せていた。しかし、私がユンさんをくすぐってみるとすぐにキャタキャタと笑ってくれた。もともと人懐っこい性格なのだろう。思わず抱きしめたくなるような笑顔をくれるようになった。

 4階に形成外科がある。ここの片岡和哉先生が診察をしてくれることになっていた。福福しい顔をした先生だ。ユンさんの執刀をされる。顔の右半分を触診しながら、「難しいですね」と漏らす。

 事前に写真などで確認していたということだったが、そのときよりも状態は悪化しているのだ。特にここ最近で頭部に陥没が見られるようになった。確実に進行しているということになる。

 骨の変形がかなり酷く、右の頭がい骨が崩れてきていると思われる部分は特に詳しい検査が必要になるそうだ。「もしも崩れた骨の中に脳があれば、手を出せない」という。まずは、垂れ下がった腫瘍の部分を切除して様子を見るとともに、同時進行で頭部を中心とした骨の検査をしていくというのが基本方針のようだ。

 いい話も聞けた。垂れた腫瘍部分を切り取れば、もしかしたら唇が持ち上がるかもしれないというのだ。口の筋肉はまだ死んでおらず、今より大きく口を開けることができるようになるかもしれない。

 第一段階の手術は10月の上旬から中旬になるだろうが、それまでに多くの準備が必要だ。例えば、腫瘍を取り除く際は大量の出血が予想されている。そこで、1回400ccの血液を2回に分けて、計800ccをあらかじめ用意しなければならない。採血に耐えられるだけの体力や血量があればすぐに済む。しかし、健康状態が優良とは考えにくいので、これに時間をとられることが予想される。そうなれば必然的に手術までの日数が延びてしまう。限られた資金の中でそれは大きな問題になってくるかもしれない。

 先生は顔だけでなく、左手のマヒの状態や左足のマヒの具合を診る。このマヒについて「断定はできないが、右の頭がい骨の変形が神経を圧迫するか、そこにも問題があるかでマヒが出ていると考えられる」ということだ。父のドー・タン・ファットさんの話では、「幼いころから左手が内向きに曲がっていて、左足のマヒはもっと酷かった。練習して歩けるようになった」ということだった。痛みを自覚したのがいつごろかは定かではないが、少なくとも生まれたときから変形が始まっていたのではないかという。

 とにかく詳しい検査をしてデータを集め、脳外科やさまざまな分野のエキスパートたちが対策を練ることになる。最後に先生自らが資料用にと写真を撮って診察は終了した。病室では緊張もしていたが、カメラを向けると笑いかけてくれる。診察用のベッドに腰掛けるようユンさんに合図されたので隣に座ると、甘えて顔をくっつけたり抱きついたりしてくる。プーさんの人形を指差して微笑む姿はとても愛らしい。これから手術の準備をしていくのにこれだけの笑顔を見せる。「怖くない?」と聞いてもらうと、「大丈夫。嬉しい」と答えてくれた。前向きな性格なのだ。

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採血をする。健康状態の検査のためだ。 (撮影者:豊原富栄)

 心電図を済ませ、採血に臨むときは緊張がかなりほぐれていた。注射のまねをしてみせると笑っていた。とはいえ、実際に針が刺さるときは少し顔をしかめていた。血管は細く、採血自体に時間がかかった。これから合わせて800ccも採るかと思うと心配になるほどだった。10年くらいの日数をかけて徐々にもとのかわいい笑顔を取り戻すため、手術や検査をこれからひとつひとつ越えていかなければならない。問題はこれからだ。

 無邪気にはしゃぎながら検査を受けるユンさんに将来の夢を聞いてみた。すると「勉強をしたい。どんなことが学べるか分からないけれど、勉強をしたい」と言う。ベトナムの枯れ葉剤認定患者の中には、彼女のように直接ベトナム戦争には関係していない世代が含まれている。これは、戦争経験者以外にまで被害が広がっているということを意味しているのだろう。

 ユンさんに接していると、戦争が後にまで影響するということについて考えさせられる。ベトナム戦争が原因と言われる枯れ葉剤被害や広島・長崎における原爆後遺症の問題がそうだ。他にもユンさんのように明確に分かる被害だけでなく、心身に重大な影響を受けている場合があると言われている。ベトナム戦争に従軍した米兵の精神被害がその例として挙げられるだろう。これらは明らかに戦争被害と言えるはずだ。こういった後から分かる現実に対して目を背けないためにも、戦争を知り考えることは意味があることだと私は思う。
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by yasumu43jp | 2009-04-23 22:59 | 過去記事
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