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村山康文
フォトジャーナリスト
1968年兵庫県生まれ。主にベトナムの社会問題をカメラとペンで追いかけ、弱者を守る立場からエイズ・戦争・人権・差別などをテーマに各地で写真展や講演会を開いている。
京都在住。

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WEB新聞JANJANに記事が掲載されました。「韓国がベトナムに残した癒えない爪あと」
韓国がベトナムに残した癒えない爪あと
http://www.news.janjan.jp/world/0910/0910131569/1.php

 「あの頃のことは、もう思い出したくもない」
 ベトナム中部ビンディン省フック・タン村(省道638号線沿い、国道1号線から約10キロ西に位置する)に住むヴォー・ティ・マイ・ディンさん(59)は、息子の前で静かに呟いた。

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ベトナム戦争時に韓国兵に強姦されたヴォー・ティ・マイ・ディンさん。「あの頃のことは、もう思い出したくもない」と話す(撮影すべて筆者)


 ベトナム戦争時代の大韓民国(以下、韓国)は、クーデターで政権を奪取した朴正熙氏(パク・チョンヒ:日本語読みは「ぼく・せいき」)が、第5~9代目の大統領(在任:1963年~1979年)を務めていた。

 政権の安定と国内経済の建て直しのために多くのドルを必要とした韓国。米国に従い、延べ31万人の兵士をベトナムに派兵した。1966年末には、韓国軍部隊は2つの歩兵師団(猛虎、白馬)、海兵旅団(青竜)、補給師団(南十字星)と、若干の工兵隊を含む4万5,000人が南ベトナムに進駐している。

 当時、ビンディン省から北のクアンガイ省、クアンナム省にかけての豊かな農村地帯は、南ベトナム解放民族戦線(以下、解放戦線)の支配下にあった。先遣部隊に続き、派遣された猛虎師団がビンディン省クイニョンに上陸したのが、65年の10月のこと。

 猛虎師団は上陸後、海岸線に沿った国道1号線と、中部高原プレークに至る国道19号線沿いに激しい掃討作戦を実行し、現地で解放戦線とみなした一般市民を大量虐殺する事件やベトナム人女性を強姦する事件など、数々の蛮行を起こした。

 フック・タン村に出来た韓国軍施設内(元は解放戦線の軍施設、現在はベトナム軍施設)で、15歳のときから兵士に食事を供給する仕事をしていたディンさん。20歳の頃に軍施設内で韓国兵に強姦され、ライタイハンである長男、ヴォー・スアン・ヴィンさん(36、実年齢は39[脚注1])を身籠る。

 フック・タン村に進駐していた韓国兵も73年1月27日のパリ協定(ベトナム和平協定)調印を境に撤退。「ベトナムに残されたライタイハンは、この地域だけでも4人はいます」と、ヴィンさんは言う。

f0164224_1759258.jpg「お父さんに会いたい・・・」と漏らすライタイハンのヴォー・スアン・ヴィンさん。
 

 ライタイハン――。韓国人とベトナム人女性の間に生まれた2世のこと。「ライ」は軽蔑の意味を持つ「混血」で、「タイハン」は「大韓」のベトナム語読み。ベトナム戦争は、アメラジアン(ベトナム語でライ・ミー[脚注2])をはじめとし、多くの混血を生んだ。

 ライタイハンの数は定かではないが、最小1,500人(朝日新聞・1995年5月2日)から最大3万人(釜山日報・2004年9月18日)ともいわれている。

 「小学生の頃、みんなによくいじめられました。でも、その当時は、なぜ私がいじめられるのかわかりませんでした」と話すヴィンさん。現在は、ベトナム人妻との間に15歳と12歳になる子どもを儲け、家族4人で幸せに暮している。

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ヴィンさんの家族。右からヴィンさんの弟のトアンさん(21、妻子持ちのベトナム人男性との間に生まれ、長男のヴィンさんとは父親が違う。現在はヴィンさんの隣の家で母のディンさんと暮らす)。ディンさん。ライタイハンの長男ヴィンさん。ヴィンさんの娘(12)。ヴィンさんの妻のランさん(35)。ヴィンさんの息子(15)


 「2008年 ソウル・ドラマ・フェスティバル」で長編部門優秀作品賞を受賞した韓国ドラマ「黄金の新婦」[脚注3]がある。韓国に嫁いだ新ライタンハン[脚注4]のヒロインが、韓国の家族となっていく過程を描いたハートフルラブコメディだ。短編やドキュメントでは、今までにも韓国で「ライタイハン」問題が取り上げられてきたが、長編ではこの作品が初めてとなった。

 「昨年(08年)8月の入学前に韓国人のグループが、この町に来て、ライタイハンの親、子(ライタイハン)、孫の3世代一緒に、ホーチミン市のスイティン公園(遊園地)に遊びに連れて行ってくれました。そのとき、ライタイハンひとりあたり80万ドン(¥4,030)あまりを支援してくれたんです」と、ヴィンさんは嬉しそうに話す一方で、「お父さんに会いたい・・・」と母親の前で漏らした。

 戦後、ベトナム戦争を批判的に取り上げることをタブー視する雰囲気が存在していた韓国。ようやく、国民の意識が変わりつつあるようにも取れる。今後、韓国政府が国民一団となって、積極的に「ライタイハン」問題に取り組むことが、韓国のベトナムにおける戦後保障のひとつになるのではないであろうか。


<脚注>
[1] 実年齢は39:ベトナムで徴兵逃れのために年齢を偽ることは、戦時中、まま行なわれた。また、貧困などの理由で出生証明書をのちに取得することもある。
[2] アメラジアン:アメリカ人とアジア人を両親に持つ2世のこと。一説には1万5,000人から2万人、あるいは10万人とも言われる。
[3] 韓国ドラマ「黄金の新婦」:最終回で、全国視聴率30.2%を記録。(SBS放送 2007年6月23日~2008年2月3日 全64話。脚本:パク・ヒョンジュ 演出:ウン・グニル/ペク・スチャン)
[4] 新ライタイハン:ベトナムと韓国が経済交流を再開した後に出来た混血児のこと。1983年に民間レベルの交流再開。88年に貿易が始まり、政府レベルでの交流は90年。92年韓越国交正常化。おおよそ83年以降に韓国人男性とベトナム女性の間に出来た2世を指す。

【参考文献・引用文献】
・亀山旭 「ベトナム戦争 -サイゴン・ソウル・東京-」 岩波書店 1972年
・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 「ライタイハン」、「朴正煕」
・中村梧郎 「グラフィックレポート・戦場の枯葉剤」 岩波書店1995年

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by yasumu43jp | 2009-10-13 18:02 | 記事
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