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村山康文
フォトジャーナリスト
1968年兵庫県生まれ。主にベトナムの社会問題をカメラとペンで追いかけ、弱者を守る立場からエイズ・戦争・人権・差別などをテーマに各地で写真展や講演会を開いている。
京都在住。

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阪神淡路大震災から15年
阪神淡路大震災から今年で15年目を迎える。

忘れないためにも5年前mixi日記に書いた記事をこちらにも書き写しておきます。

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 今月17日、あの6433人の死者を出した阪神淡路大震災から10年目を迎える。
 10年前のことを僕は今でも思い出す。昨年の日記も今日これから書くことの同じようなことを書いた。しかし、もう一度あの家族のことをここに書いておきたいと思う。
 その家族とは。

 その家族は、95年の震災が起きた日、妻が小さな子どもを抱いて、朝早く出勤するご主人を見送った。5:46、ご主人の車は阪神高速の下を走っていた。そして、運悪く倒れてきた阪神高速の下敷きになり、亡くなってしまった。

 引越しのアルバイトをしていた僕は、その妻の引越しを手伝った。震災の日から1ヶ月程遅れていたと思う。

 神戸三ノ宮の高台にその家族の家はあった。その付近は、高級マンションが立ち並んでいる場所で、震災の影響は海側に比べるとそれほどひどく感じられない場所だった。
 その家族の妻は亡くなったご主人の元へ千葉から嫁いできていた。
 妻はひとりの小さな子どもをつれて、実家のある千葉へ帰るための引越しだった。その引越しの当日、亡くなったご主人のご両親が立会いにきていた。
 その場所で、ご両親は息子の所へとついできた嫁に、涙をこらえながら次のように言った。
「あなたはまだ若い、いくらでもやり直しがきく。息子は死んでしまったんだ。その子を連れて、あなたの新しい人生を歩んでください」
 妻は泣いていた。
「その子が大きくなったら、たまに遊びにきてください」
「ありがとうございます」
 妻は、亡くなったご主人のご両親に抱きかかえていた子どもの顔を見せた。
「息子に似ているな・・・」
 主人のお父さんはそう言って涙をのんだ。

 今年10年目を迎える阪神淡路大震災。記憶の闇の中に流れてしまわないようにしなくてはならない。このような出来事はもっと他にもあったはずだ。

 聞いた話によると、その日、他にも取り上げなくてならないような事件があった。
 火事場泥棒のような事件、自動販売機をバールでこじ開けてお金を盗む事件、一番許されないのが、神戸福原のソープ嬢が朝帰り中に「この世の終わり」だと思った男性にレイプされたと言う事件。これは、どれも聞いた話だから確かではない。

 報道屋さんは何を当時伝えたか。
 スイスから来た救助犬の数、援助金の額、そして、死者の数。

 僕が報道に携わろうと思ったのは、もしかするとその時からかもしれない。

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ハイチのみなさまへ

僕は、一刻も早い救済と復旧を心から望んでいます。

また、不意にもなくなられた方、心からご冥福をお祈りいたします。

村山康文
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by yasumu43jp | 2010-01-17 00:09 | 最新記事
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