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村山康文
フォトジャーナリスト
1968年兵庫県生まれ。主にベトナムの社会問題をカメラとペンで追いかけ、弱者を守る立場からエイズ・戦争・人権・差別などをテーマに各地で写真展や講演会を開いている。
京都在住。

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差別・人権無視ってなんだろう-ヨイトマケの唄
昨夜遅くから、なぜか青春時代を振り返っていた。

You Tubeで「おにゃんこクラブ」や「高井麻巳子」の音楽を懐かしみながら聴いていた。


You Tubeのリンクを開きながら次々と聴いていくと、「ヨイトマケの唄」にたどり着いた。

サザンの桑田佳祐がカバーしているのを聴いた。
涙が出た。

メロディーも去ることながら歌詞に心が揺すぶられた。
じっくり聴くと「土方(どかた)」という言葉が耳についた。

差別用語だ。

ヨイトマケの唄を調べた。

---

Wikipedia-「ヨイトマケの唄」から

1990年、美輪が「ぴりっとタケロー」に出演する際にこの歌を披露する予定だったが、歌詞の中に差別用語と扱われる「土方」(どかた)「ヨイトマケ」が含まれている点などから、放送局のTBSは歌のカットを求めた。出演依頼があった際、美輪は「(出演だけで)歌無しで」と希望したが、制作会社の強い希望で、「ヨイトマケ~」を歌うことになった。が、放送日2日前に突然「歌は止めて欲しい」という申し出。勝手な言い分に美輪は憤慨し、出演自体を取り止めた。このことがきっかけで美輪は、テレビで歌うことを避けるようになった。

---

美輪明宏は槇原敬之とこの唄について対談をしている。

その中で美輪は次のようなことを言っている。

「全国から、あれは差別撤廃の唄で、自分たちの応援歌だから、労働者のみなさんやいろんな人たちから励ましの電話があって、だけど有識者という学者馬鹿の人たちが、自分たちで勝手に『彼ら(有識者)のほうに差別意識がある』ということを肯定したわけですよ」

---

ぼくはこんなことがあったことを知らなかった。

どうか聴いて欲しい。
すばらしい曲だ。

人が人を差別し、人の権利を無視する。

ぼくもメディアに携わる人間である以上、この問題は常に付きまとう。
じっくり考えていかなければならないだろう。


【参考】
■ヨイトマケの唄-Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B1%E3%81%AE%E5%94%84

■ヨイトマケの唄-槙原カバー&美輪との対談(You Tube)(不明)
http://www.youtube.com/watch?v=FjkVxf0EQkA&feature=related

■ヨイトマケの唄-美輪明宏(You Tube)
http://www.youtube.com/watch?v=sxHf7xW12xg&feature=related

-桑田佳祐(You Tube)
http://www.youtube.com/watch?v=aERA0fuWksM&feature=related

-米良美一・女子刑務所にて(You Tube)
http://www.youtube.com/watch?v=b1yyVAAHblE&feature=related

-中村美律子(You Tube)
http://www.youtube.com/watch?v=TYaxv-Pwk_0&feature=related

-泉谷しげる(You Tube)
http://www.youtube.com/watch?v=V_lKVI7LoN8&feature=related

-フォーククルセイダーズ(You Tube)
http://www.youtube.com/watch?v=2hvirWkQMRU&feature=related


【歌詞】
 ヨイトマケの唄

 今も聞こえる ヨイトマケの唄
 今も聞こえる あの子守唄
 工事現場の昼休み
 たばこふかして 目を閉じりゃ
 聞こえてくるよ あの唄が
 働く土方の あの唄が
 貧しい土方の あの唄が

 子供の頃に小学校で
 ヨイトマケの子供 きたない子供と
 いじめぬかれて はやされて
 くやし涙に暮れながら
 泣いて帰った道すがら
 母ちゃんの働くとこを見た
 母ちゃんの働くとこを見た

 姉さんかぶりで 泥にまみれて
 日にやけながら 汗を流して
 男に混じって ツナを引き
 天に向かって 声をあげて
 力の限り 唄ってた
 母ちゃんの働くとこを見た
 母ちゃんの働くとこを見た

 なぐさめてもらおう 抱いてもらおうと
 息をはずませ 帰ってはきたが
 母ちゃんの姿 見たときに
 泣いた涙も忘れ果て
 帰って行ったよ 学校へ
 勉強するよと言いながら
 勉強するよと言いながら

 あれから何年経ったことだろう
 高校も出たし大学も出た
 今じゃ機械の世の中で
 おまけに僕はエンジニア
 苦労苦労で死んでった
 母ちゃん見てくれ この姿
 母ちゃん見てくれ この姿

 何度も僕もぐれかけたけど
 やくざな道は踏まずに済んだ
 どんなきれいな唄よりも
 どんなきれいな声よりも
 僕を励ましなぐさめた
 母ちゃんの唄こそ 世界一
 母ちゃんの唄こそ 世界一

 今も聞こえる ヨイトマケの唄
 今も聞こえる あの子守唄



 時は神武景気。美輪さんの美貌は神武以来の美少年とうたわれ、性別を超えた華やかなスタイルで映画や舞台に引っ張りだこでした。ところが、異常なまでに盛り上がった美輪さんの人気はわずか数年しか続きませんでした。60年に入ると、土地・株が暴落。多額の借金だけが残りました。落ちぶれたスターと呼ばれ、地方巡業の仕事ばかりとなった美輪さん。そんな時、ある炭鉱の町で舞台に立ちます。
 「穴ぼこだらけの舞台に何度か細いハイヒールのかかとをめり込ませながら、あきらめ顔、ヤケッパチで歌っていたら、すぐ足元まで鈴なりになっている老若男女の顔、顔、顔の絵巻を見た時に、私は言いようのない戦りつを受けた。私は何をしているのだろう。この人たちの命を削って得た金で鼻歌を歌っているのだ。私はにわかに自分の贅沢に着飾ったクジャクのようなザマが異様な道化師のように思えた。最後まで必死に努めるのがやっとだった。」
 美輪さんの胸に、小学生の頃に見た光景がよみがえりました。家族のために汗まみれになって働く母親たちの姿です。美輪さんはその想い出を曲にし、きらびやかな衣装やメイクを取り去って歌い始めました。その時に出来た作品がこの「ヨイトマケの唄」でした。
 (NHK放送「美輪明宏・一番美しいもの」より)

(2008年4月15日 村山康文mixi日記)
by yasumu43jp | 2008-04-30 18:33 | 過去記事
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