Profile

村山康文
フォトジャーナリスト
1968年兵庫県生まれ。主にベトナムの社会問題をカメラとペンで追いかけ、弱者を守る立場からエイズ・戦争・人権・差別などをテーマに各地で写真展や講演会を開いている。
京都在住。

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     From Vietnam]



村山康文写真交流クラブ

ベトナム・スタディーツアー
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今夏(2010年8月~9月)開催予定の第21回ベトナム・スタディーツアーの募集をはじめました。
詳しくはHPをご覧下さい。



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テスト写真
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by yasumu43jp | 2009-04-30 22:29 | 最新記事
美しい話じゃない? 僕はこんなカメラマンになりたい
美しい話じゃないですか。

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「10代で挙式したとき貧乏すぎて結婚式写真を購入できなかった夫婦が27年後に老カメラマンから写真を渡される」

米国オハイオ州マンスフィールド在住のカメラマン、ジム・ワグナーさんは、先日、古い写真や書類を整理しているときに、若いカップルが写っている1組の結婚式写真を見つけた。ワグナーさんは今年で80歳。その1組の写真は、彼がまだ53歳だった1980年に撮影したものだった。

ワグナーさんは、普通なら新郎新婦に渡されているはずの結婚式写真が自分の手元に残っている理由を思い出した。あれから27年、2人がまだ健在であり、まだ夫婦でいるなら、ぜひ届けてやりたいと思った。

27年前のその日に夫婦となった2人の氏名は幸いなことに、すぐにわかった。マーク&カレン・クライン夫妻だった。問題は、現在の2人をどうやって探し出すかだった。ところが数週間後、ワグナーさんは偶然にもカレン・クラインさんの継父に当たる人物とばったり出くわしたのである。

こうなれば後は簡単だった。マークさんとカレンさんがまだ健在であり、まだ夫婦であることが判明した。カレンさんが働いている軽食レストランの場所も分かった。

そして、結婚式写真を見つけてから約1ヵ月後のある日、ワグナーさんはカレンさんが働いている軽食レストランに顔を出した。カレンさんが怪訝そうな表情で応対すると、ワグナーさんは結婚写真を取り出して彼女に見せた。

マーク&カレン・クライン夫妻はあの日から27年間、仲睦まじく暮らしてきた。だが、結婚式の写真と言えば、2人が腕を組んで歩く姿を参列者の誰かが取ってくれたたった1枚の素人っぽい写真しか残っていなかった。

カレンさんは、18歳で式を挙げたあの日、プロ・カメラマンのワグナーさんが撮ってくれた写真にうっとりと見とれたことを覚えている。だが、若い2人には、たった150ドルの写真代を捻出する余裕すらなかった。カレンさんは、悲嘆に暮れながら写真の購入を断ったのだった。

ワグナーさんがカレンさんに差し出したのは、紛れなく、あのときの写真だった。彼女の心に熱いものがこみ上げないはずがなかった。カレンさんは一瞬の絶句の後、感極まって号泣し始めた。遠慮なくワグナーさんに抱きついた。いつまでも涙が止まらなかった。

涙ぐみながらもカレンさんは小切手帳を取り出して、150ドルの小切手を切り、ワグナーさんに手渡した。今度は、ワグナーさんが感極まって号泣する番だった。

現在と過去がつながるとき、人は制御しようのない感動にむせぶことがある。今までマーク&カレン・クライン夫妻が27年前のあの日を思い出す視覚的な手がかりと言えば、誰かが撮ってくれた1枚のスナップ写真だけだった。それだけでも宝物のようなものだっただろう。

しかし、あの日、喉から手が出るほど欲しかった写真が27年ぶりに戻ってきたのである。結婚式を挙げた日の思い出や記憶だけでなく、その後の27年間のあらゆる苦労や喜びに彩られた万感の思いがカレンさんの胸を去来したに違いない。

ワグナーさんが27年ぶりに150ドルの小切手を受け取って涙を流したのは、もらい泣きだったかもしれないが、自分の撮影した写真が現在と未来をつなぐ役割を果たせてカメラマン冥利に尽きる部分があったのかもしれない。

2007年10月25日
なんでも評点
http://rate.livedoor.biz/archives/50465296.html
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by yasumu43jp | 2009-04-26 21:35 | 最新記事
明治学院大学横浜校舎での講演会案内
講義<国際関係論>

『ベトナムの現状と展望 ~子どもたちへの援助と理想像~』

2009年5月11日(月)

時間:15:05~16:35

場所:明治学院大学 横浜校舎 (部屋No.未定)

住所:〒244-8539 神奈川県横浜市戸塚区上倉田町1518

参加費:無料

主催:特定非営利活動法人 JUNKO Association

HP:http://www.junko-association.org/ (JUNKO Association)

お問い合わせ先:08ks1241@ks.meijigakuin.ac.jp (林田)

備考:
国際学部学科科目国際関係論の授業でお話します。公開講座になるかはただいま確認中です。
公開講座になれば、一般の方のご入場が出来ますので、前もって村山までお問い合わせください。
村山:090-6665-9115
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by yasumu43jp | 2009-04-25 13:52 | 写真展・講演会情報
本日発売の週刊金曜日に記事が掲載されました
本日発売の週刊金曜日(雑誌)に記事が掲載されました。

「週刊金曜日」
http://www.kinyobi.co.jp/

「京都・大美堂印刷元従業員ら 三〇〇日の社屋占拠に終止符」
http://www.kinyobi.co.jp/backnum/antenna/antenna_kiji.php?no=597

 およそ三〇〇日にも及ぶ社屋占拠を続けてきた大美堂印刷社(京都市右京区、従業員五四人)の元従業員らが、社屋からの退去を決定。その報告集会が一八日、京都市内で開かれた。

 元従業員らによる社屋占拠は、昨年六月二七日、会社の倒産と従業員全員の即日解雇の通告に対し「経営側の道義的責任」と「従業員の再就職の保障」を求めたものだ。

 集会には組合員や支援者など約一二〇人が参加。元従業員Aさんは「今回の大美堂争議は勝利したといっていいでしょう。わたしたちは金銭を勝ち取ったのではありません。今日、ここに来てくださっている『みなさんとのつながり』こそが、わたしたちの勝ち取ったことだと思っています」と涙ながらに感謝の意を表した。

 大美堂労働組合は、破産管財人との粘り強い交渉の末、「社屋管理費」として一人数十万円支払われることになり、泊り込みを続けてきた元従業員ら二四人は今月末に社屋を退去する。しかし、再就職を決めたのは、そのうちの九人にとどまっている。

 高校卒業後から三八年間勤めてきた元従業員、労働組合執行委員長の奥田雅雄さん(五七歳)は、社屋退去後の気持ちを次のように話した。
「わたしたちの闘いは、これで終わったわけではありません。これからも組合員の再就職を支援します。今日の集会は、決して今までの結果報告ではなく、今回の闘いの魂が、『派遣切り』の人たちを含め、雇用問題で苦しむ全国の人たちに拡がれば、と思い開催しました」。

村山康文・フォトジャーナリスト


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「派遣切り」などで苦しむみなさん、頑張りましょう!
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by yasumu43jp | 2009-04-24 12:50 | 最新記事
OhmyNews閉鎖に伴い記事と写真を移動
明日、WEB新聞OhmyNewsがWEB上から消えます。
それに伴い、過去に提供した記事や写真、友人の記事に提供した写真、資料をブログに移動しました。

興味があればご覧ください。

◆コンドームの正しい使い方を知っていますか? ピア・エデュケーションで楽しく学ぶ性
村山 康文(OhmyNews 2008-05-22 21:00)
http://murasan33.exblog.jp/10889559/

◆ベトナム戦争が残したもの ドキュメンタリー映画『花はどこへいった Agent Orange:a personal requiem』
村山 康文(OhmyNews 2008-06-19 07:00)
http://murasan33.exblog.jp/10889701/

[写真提供と関連記事]
◆枯れ葉剤被害少女が訴えかけるもの 命の危険と戦う ベトナムのユンさん
豊原 富栄(OhmyNews 2006-09-16 17:13)
http://murasan33.exblog.jp/10889847/

◆枯れ葉剤被害少女の希望 無邪気な笑顔が見る風景
豊原 富栄(OhmyNews 2006-09-30 01:44)
http://murasan33.exblog.jp/10889936/

[資料]
◆枯れ葉剤被害への賠償求めデモ 元韓国兵、ホワイトハウス前で
http://murasan33.exblog.jp/10889972/
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by yasumu43jp | 2009-04-23 23:13 | 資料
【資料】枯れ葉剤被害への賠償求めデモ 元韓国兵、ホワイトハウス前で
 「ベトナム戦争は終わっていない。米政府は枯れ葉剤被害への賠償を支払え」――。米大統領官邸ホワイトハウス前で8月31日、ベトナム戦争に従軍し、米軍の散布した枯れ葉剤で健康を害したと訴える元韓国兵士たちが、米政府と枯れ葉剤製造企業に損害賠償を行うよう求めてデモ行進した。

 デモに訴えたのは「韓国障害退役軍人連合」の元兵士たちで、「『エージェント・オレンジ(枯れ葉剤)』散布で健康被害を受けた」などと書かれたプラカードを手にしていた。

 米軍はベトナム戦争中の1961-71年の間、戦場となった旧南ベトナム領内に、枯れ葉剤1億リットル以上を散布した。その目的は枯葉剤でジャングルを丸裸にするとともに、食糧生産を阻止し、補給路を断ち、北ベトナム軍を追い詰めるためだった。

 「エージェント・オレンジ」は発がん性物質であるダイオキシンを含み、地球上に存在する最も恐ろしい毒物のひとつとされる。全米科学協会の報告によると、「エージェント・オレンジ」には肺がん 前立腺がん、喉頭がんをはじめとする11種類のがんとの因果関係を持つという。

 ベトナム戦争当時、独裁政治を敷いていた朴正煕大統領は、米軍と南ベトナム軍に協力するため、32万人にも上る韓国軍部隊を派遣した。この結果、同戦争中の韓国軍兵士の戦死者は5077人、負傷者は1万962人に上った。

 朴大統領は大規模な韓国軍部隊を派遣することで、米国から総額10億ドルの援助を獲得、これを朝鮮戦争で疲弊した韓国の経済復興推進に向けて注ぎ込んだ。

 この日デモをした「韓国障害退役軍人連合」のチャールズ・チョイ広報担当によると、ベトナムイ戦争に派遣された韓国兵のうち数万人が枯れ葉剤被害を受けているという。

 さらにチョイさんは「米政府が道義に反することをしたのは明白。米政府や枯葉剤の製造企業は元兵士たちが受けた被害に損害賠償し、医療措置を講じなければならない」と主張する。

 「韓国障害退役軍人連合」は1999年以降、米国の枯れ葉剤製造企業を相手取り、枯れ葉剤被害への損害賠償支払い訴訟を起こしてきた。その執念がようやく実ったのが今年1月のことだった。韓国の控訴裁判所が被害者側の訴えを認め、枯れ葉剤製造企業であるモンサントおよびダウ・ケミカルの両社に、元兵士の被害者約6800人に対し総額6200万ドルの賠償支払いを命じる判決を下した。

 これは同様訴訟のうち、米国以外で原告側の被害者が勝訴した初の判決として注目されたが、同判決は被害者のほとんどが苦しむ神経障害への賠償を除外したため、原告側には不満が残っている。

 被害者たちにとって法廷闘争は厳しい。韓国控訴院の判決後、ダウ・ケミカルなど2社は共同で声明を出し、「判決内容は審理中に提出された事実や客観的かつ科学的な証拠、さらにはこれまでに出された判決結果とも矛盾する」と反論、その責任を否定した。

 同2社は韓国内に支社などを持っていないため、このように反論すれば、裁判所が命じた賠償金支払いは事実上不可能となる。

 米国では1984年に、ダウ・ケミカルとモンサントを含む米系化学会社7社が在米の枯れ葉剤被害者に対し、総額1億8000万ドルの賠償金を支払いうことで和解した。

 米国の連邦裁判所はこれまで、韓国およびベトナムの元兵士たちによる訴えをことごとく退け、その理由として「強力な除草剤による危険な被害を科学的に立証する十分な証拠がない」を挙げてきた。

 枯葉剤の最大被害国はベトナムだ。数百万人に上る同国民が病に倒れ、枯れ葉剤を直接、間接的に浴びたことで新生児にも被害が及んでいる。しかし、ベトナム側の被害者で賠償金を受け取った者は皆無だ。ニューヨークの地方裁判所は2005年、ベトナム人被害者たちが米系化学企業を相手取って起こした訴えを却下した。この訴えの控訴審は今秋開かれることになっている。

(オーマイニュース英語版から)
記者:チャン・バン・ロイ氏(OhmyNews 2006-09-30 02:04)
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by yasumu43jp | 2009-04-23 23:02 | 資料
枯れ葉剤被害少女の希望
枯れ葉剤被害少女の希望
無邪気な笑顔が見る風景

豊原 富栄(OhmyNews 2006-09-30 01:44)

 9月15日、ユンさんは関西国際空港での記者会見を終えて、準備されていたバスで京大医学部付属病院へと向かった。

 初めて見る日本の高速道路や街の景色について、隣に座った父親となにやら興奮気味に話している。「日本はどうですか?」と通訳のファン・リンさんを介して聞いてもらうと「きれいです」と答えてくれたものの、夢中になっていて“それどころじゃない”というような雰囲気だった。一番前に陣取り、過ぎていく風景を身を乗り出すようにして見る姿は年齢よりも幼く感じられる。

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カメラに向かって微笑むユンさん (撮影者:豊原富栄)

 途中、食事のために和風ファミリーレストランに入った。もともと硬いものは食べにくいので、チャーハンや焼きそば、スープ、ヨーグルトなどのあまり噛まなくてもいいものを食べていると聞いていた。しかし、メニューから彼女が選んだのは「ミックスプレート」だった。目玉焼きやハンバーグ、焼肉が盛られている。大丈夫かなという私の心配は杞憂に終わった。少しずつではあるがスプーンを使って食べ、添え付けのジャガイモは好きではないようだったが、ほとんど平らげた。日本食には抵抗がなさそうだし、意外に肉料理が好きということで、支援者たちの間には日本での生活の心配事が1つ消えたという安堵感が広がった。

 病院に到着する。初めての日本の病院に戸惑っているのか、ソファーに座って緊張の表情を見せていた。しかし、私がユンさんをくすぐってみるとすぐにキャタキャタと笑ってくれた。もともと人懐っこい性格なのだろう。思わず抱きしめたくなるような笑顔をくれるようになった。

 4階に形成外科がある。ここの片岡和哉先生が診察をしてくれることになっていた。福福しい顔をした先生だ。ユンさんの執刀をされる。顔の右半分を触診しながら、「難しいですね」と漏らす。

 事前に写真などで確認していたということだったが、そのときよりも状態は悪化しているのだ。特にここ最近で頭部に陥没が見られるようになった。確実に進行しているということになる。

 骨の変形がかなり酷く、右の頭がい骨が崩れてきていると思われる部分は特に詳しい検査が必要になるそうだ。「もしも崩れた骨の中に脳があれば、手を出せない」という。まずは、垂れ下がった腫瘍の部分を切除して様子を見るとともに、同時進行で頭部を中心とした骨の検査をしていくというのが基本方針のようだ。

 いい話も聞けた。垂れた腫瘍部分を切り取れば、もしかしたら唇が持ち上がるかもしれないというのだ。口の筋肉はまだ死んでおらず、今より大きく口を開けることができるようになるかもしれない。

 第一段階の手術は10月の上旬から中旬になるだろうが、それまでに多くの準備が必要だ。例えば、腫瘍を取り除く際は大量の出血が予想されている。そこで、1回400ccの血液を2回に分けて、計800ccをあらかじめ用意しなければならない。採血に耐えられるだけの体力や血量があればすぐに済む。しかし、健康状態が優良とは考えにくいので、これに時間をとられることが予想される。そうなれば必然的に手術までの日数が延びてしまう。限られた資金の中でそれは大きな問題になってくるかもしれない。

 先生は顔だけでなく、左手のマヒの状態や左足のマヒの具合を診る。このマヒについて「断定はできないが、右の頭がい骨の変形が神経を圧迫するか、そこにも問題があるかでマヒが出ていると考えられる」ということだ。父のドー・タン・ファットさんの話では、「幼いころから左手が内向きに曲がっていて、左足のマヒはもっと酷かった。練習して歩けるようになった」ということだった。痛みを自覚したのがいつごろかは定かではないが、少なくとも生まれたときから変形が始まっていたのではないかという。

 とにかく詳しい検査をしてデータを集め、脳外科やさまざまな分野のエキスパートたちが対策を練ることになる。最後に先生自らが資料用にと写真を撮って診察は終了した。病室では緊張もしていたが、カメラを向けると笑いかけてくれる。診察用のベッドに腰掛けるようユンさんに合図されたので隣に座ると、甘えて顔をくっつけたり抱きついたりしてくる。プーさんの人形を指差して微笑む姿はとても愛らしい。これから手術の準備をしていくのにこれだけの笑顔を見せる。「怖くない?」と聞いてもらうと、「大丈夫。嬉しい」と答えてくれた。前向きな性格なのだ。

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採血をする。健康状態の検査のためだ。 (撮影者:豊原富栄)

 心電図を済ませ、採血に臨むときは緊張がかなりほぐれていた。注射のまねをしてみせると笑っていた。とはいえ、実際に針が刺さるときは少し顔をしかめていた。血管は細く、採血自体に時間がかかった。これから合わせて800ccも採るかと思うと心配になるほどだった。10年くらいの日数をかけて徐々にもとのかわいい笑顔を取り戻すため、手術や検査をこれからひとつひとつ越えていかなければならない。問題はこれからだ。

 無邪気にはしゃぎながら検査を受けるユンさんに将来の夢を聞いてみた。すると「勉強をしたい。どんなことが学べるか分からないけれど、勉強をしたい」と言う。ベトナムの枯れ葉剤認定患者の中には、彼女のように直接ベトナム戦争には関係していない世代が含まれている。これは、戦争経験者以外にまで被害が広がっているということを意味しているのだろう。

 ユンさんに接していると、戦争が後にまで影響するということについて考えさせられる。ベトナム戦争が原因と言われる枯れ葉剤被害や広島・長崎における原爆後遺症の問題がそうだ。他にもユンさんのように明確に分かる被害だけでなく、心身に重大な影響を受けている場合があると言われている。ベトナム戦争に従軍した米兵の精神被害がその例として挙げられるだろう。これらは明らかに戦争被害と言えるはずだ。こういった後から分かる現実に対して目を背けないためにも、戦争を知り考えることは意味があることだと私は思う。
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by yasumu43jp | 2009-04-23 22:59 | 過去記事
枯れ葉剤被害少女が訴えかけるもの
枯れ葉剤被害少女が訴えかけるもの
命の危険と戦う ベトナムのユンさん

豊原 富栄(OhmyNews 2006-09-16 17:13)

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カメラに微笑むユンさん (撮影者:村山康文)
 ドー・トゥイ・ユンさん18歳。ベトナムに住む女の子だ。彼女は顔の右半分が大きく変形し、手術をしなければ生命の危険すらある状況におかれている。

 そのユンさんが15日、日本での「ユンちゃんを支援する会」(代表、村山康文さん)などの募金活動が実り、京都大学医学部付属病院(京都市左京区)で手術を受けるために来日した。

 彼女の顔に痛み出したのは7歳になったころ。今では顔の右半分が重く垂れ下がり、右目は見えなくなっている。頭がい骨にも変形が見られ、右足と右手にも麻痺症状が出始めているという。

 彼女の父、ドー・タン・ファットさんは1960年から1975年の間に起こったベトナム戦争時、同国南部のドンタップ省やカマウ省などにおり、その際にアメリカ軍の散布した枯れ葉剤を浴びたという。

 枯れ葉剤は、密林に潜むゲリラ対策の一環として米軍が散布した化学兵器。猛毒のダイオキシンを含んでいた。ベトナム戦争中に散布された枯れ葉剤は、7200万リットルを超える。その毒性は遺伝子レベルにまで影響を及ぼす恐れがあると言われ、散布地域においては、がんや先天性の異常のほか、流産や死産などが特に多発しているという報告もある。

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 ユンさんは3年前に、ベトナム政府から枯れ葉剤被害者として認定された。両親が戦争中に枯れ葉剤を散布された地域にいたことがその理由だという。政府からは、月35万5000ドン(約2600円)の援助を受けているが、これでは進む症状に対処するには十分とはいえない。

 医学的には、ダイオキシンとユンさんに見られる症状の因果関係は、まだ証明されていない。他の多くの枯れ葉剤認定患者も同様である。このことが、ベトナム戦争終戦から30年たった今でも問題となっている。

 今年3月に米ニューヨーク州の地裁では、製薬会社37社を相手にベトナム枯れ葉剤被害者協会と被害者家族ら27人が賠償などを求めた集団訴訟で、訴えの棄却が言い渡された。奇形などの症状と枯れ葉剤の因果関係を証明できていないというのが、その理由の1つだ。原告側は決定を不服として控訴し、現在も係争中である。一方、1984年に同様の訴えを起こした米退役軍人による集団訴訟では、製薬会社側が1億8000万ドルを支払うことで和解が成立している。今回の判決を受けベトナムでは、この84年の和解判決との差に反発が広がった。

 しかし、こうした政治や科学因果関係の論争は、ユンさんをはじめとする患者たちにとって、あまり意味があるものではないのかもしれない。患者たちは今この瞬間も、痛み、苦しみ、そして命懸けで戦っているのだから。

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ユンさんと村山康文さん(ベトナムにて)(写真提供:ユンちゃんを支援する会)
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by yasumu43jp | 2009-04-23 22:53 | 過去記事
ベトナム戦争が残したもの
ベトナム戦争が残したもの
ドキュメンタリー映画『花はどこへいった Agent Orange:a personal requiem』

村山 康文(OhmyNews 2008-06-19 07:00)

f0164224_22342278.jpg  「1968年にわたしは京都大学に入学しました。当時盛んだったベトナム戦争反戦運動は、正直、何が目的で、どこへ向かうのか見えませんでした」

 枯れ葉剤をテーマにしたドキュメンタリー映画「花はどこへいった」の監督・坂田雅子さん(59)は話した。

                            監督の坂田雅子さん=6月17日

 最愛なる夫、フォトジャーナリストのグレッグ・デイビス氏(享年54)を2003年春に肝臓がんで亡くした。彼の死は、ベトナム戦争時に浴びた枯れ葉剤が原因ではないか、と友人に示唆され、事実を確かめたい一身で、翌2004年、彼女は映画撮影に踏み切った。

 18歳でベトナム戦争に送られ、南部のロンタン米軍基地に所属していたグレッグ氏。戦争時、基地の周りはゲリラが潜入できないように枯れ葉剤がまかれ、草木がすべて枯らされていたという。

 70年、加害者であると同時に被害者でもある彼は、祖国アメリカを捨て、日本でフォトジャーナリストとして活動を開始。そこで22歳の彼女と出会う。

 「当時、ベトナム戦争に参戦したことや枯れ葉剤を浴びたことは、彼は多くを語ろうとしませんでした」

 ベトナム政府機関の「ベトナムにおける化学戦争の被害調査国内委員会」代表だったレ・カオ・ダイ医師の著書『ベトナム戦争におけるエージェントオレンジ 歴史と影響』によると、米軍は61年から10年間で、ベトナムに約7200万リットルの枯れ葉剤を散布。その中には催奇性や発がん性を持つ猛毒のダイオキシンが少なくとも170キロ含まれていたという。

 現在、2世、3世への影響が指摘され、ベトナムでは100万人以上が後遺症に苦しんでいるといわれている。

 「とても優しくていい人でした。この映画は、グレッグの遺志を継いだようなものです」

f0164224_22373259.jpg 夫グレッグ氏に対する深い愛情と、ベトナムの枯れ葉剤被害者に対する彼女の熱情が交差する映画。作中で語るグレッグ氏の言葉には、ジャーナリズムに対し、疑問を抱きながら真実を見てほしいという強い願いも込められている。



                            子どもたちの標本=2006年2月

■関連リンク
花はどこへいった
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by yasumu43jp | 2009-04-23 22:40 | 過去記事
コンドームの正しい使い方を知っていますか?
コンドームの正しい使い方を知っていますか?
   ピア・エデュケーションで楽しく学ぶ性
村山 康文(OhmyNews 2008-05-22 21:00)

 「コンドームの正しい使い方をあなたは知っていますか? もしもあなたの大切な人がエイズだったらどうしますか?」

f0164224_22132026.jpg 5月21日、京都第一赤十字病院看護専門学校で赤十字ユース・ボランティア(RCY)4名とアドバイザー2名(18歳~27歳)によるピア・エデュケーションの授業が1年生の学生39名(うち男性3名)を対象に行われた。



                                   授業の様子

 ピア・エデュケーションとは、同世代の仲間(ピア)と一緒に共感しながら、大切なことを学ぶことで、この日は「若者の性・性病・恋愛」についての話で盛り上がった。

 授業は、学生たちと同年代のボランティアとアドバイザーの自己紹介に始まり、たった2つの授業のルールが説明された。

<ルール>
(1)パスをする権利:触れたくないこと、言いたくないことはパスができる
(2)ノンジャッジメンタル:他人の意見を評価および否定せず、受け入れる

f0164224_22215258.jpg その後、6~7人くらいの班に分けられ、個々人にA4用紙1枚のクイズが渡された。問題は、避妊・STD/HIV感染予防に関するものでまとめられている。その答えを分けられた班でディスカッションののちまとめ、ボランティアが答え合わせをする。

 すると、意外にも正解の確率が低い。知っているようで知らない性の知識。学生たちは笑いながらも顔が真剣になってくる。




 渡されたクイズの答えを考える学生

 この日、アドバイザーとして参加した関西セクシュアルヘルスユースネットワーク事務局長清水誓子さん(27)は話す。

 「大学に入って、今までの性教育がまったくといっていいくらい役に立ちませんでした。同世代の人たちと恋愛の話や性の話をするほうが、実践的だと思ったんです」

 説明にはスライドも使われた。そのあと、コンドームの使用法の実演が行われ、学生たちは真剣に性について学んだ。

 授業に参加していた女子学生のAさん(18)は、「このような授業は、中学、高校でも学んだことがありません。同世代の人たちが、ここまで考えているのを見ると、わたしも性について見つめなおさなければ、と感じました。普段、彼とはセーファーセックスをしていますが、今日の授業に参加して、もう一度彼に自分の気持ちを伝えようと思いました」と話した。

f0164224_2224273.jpg教室では、「リラックスできるカフェのように」とBGMが流れ、優しい心配りがされた

f0164224_22251989.jpg分けられた班で笑いながらディスカッションをする学生

f0164224_22252860.jpgスライドを利用し、性について学生たちに必要な知識を再確認してもらう

f0164224_22253749.jpgコンドーム使用法の実演をするRCYのボランティア

f0164224_22254762.jpg
国内で手に入るコンドーム。女性用のものもある

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by yasumu43jp | 2009-04-23 22:30 | 過去記事


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